農業ビジネスの関係でベトナムのゲアン省とラムドン省を訪問した。
それぞれで現地のパートナーの依頼で農業ビジネスを推進している。
この2つの場所は距離も離れているし、特別な関連性があるわけではない。
たまたま続けて訪問しただけではあるが、今回の訪問で中々面白い発見があった。
この2つの地域について知らない人も多いだろう。
それぞれの特徴を簡単に紹介したい。ホーチミンからラムドン省の
中心都市ダラットまでは飛行機で約45分程である。
ダラットといえば、ベトナムの中でも日本人には比較的知られている地方都市である。
フランス植民地時代の面影を残した街並みはベトナムの中でも異色な存在だ。
日本でいえば軽井沢のような位置づけであろうか。
高地にあるため年間を通して気候が20度前後ととても快適であり、
世界的な観光地としてとても有名だ。湖畔のゴルフ場は綺麗な風景を楽しみながら
プレーができる。また、ダラットにはもうひとつの顔がある。
知る人ぞ知るベトナム農業のメッカでもある。
野菜や果物、花や菊の産地としても有名であり、市場を歩くと
ありとあらゆる日本人にもなじみの深い野菜が並んでいる。
ほとんど日本では知られていないが、ほうれん草、サツマイモ、
人参などが加工品として数多く日本にも輸出されている。
ダラット市内の農業地帯の風景はビニールハウスがところ狭しと
見渡す限り並んでいて、初めてこの光景を目にすると、観光名所としての
美しさと農村地帯のコンストラストがとても印象に残る街である。
ベトナム通の日本人が「ベトナム南部の農業=ダラット」というほど
すでに多くの日本人もダラットで農業ビジネスを展開している。
一方、ゲアン省はハノイから飛行機で約30分のところにある。
車でも数時間の距離である。私は今回、ホーチミンからの
フライトだったので2時間近くかかった。ゲアン省は64省の中でも
最大の面積であり、省の人口も300万人を超えている。
ビン市が中心の街であり、人口は約40万人に達する。
(※2016年発刊時点)
メコンデルタの中心都市カントーなどと比べても地方都市の印象は
拭えないが、主要道路は広く整然としていて、ゆったりとした
大人の街という印象の場所である。そして、これから急速に
本格的な開発が始まりそうな気配を感じる。
日本の多くの関係者が、ゲアン省はベトナムの縮図と形容しているように、
ベトナムのすべての特徴を凝縮した多様性のある場所である。
色々と現地の人にも話を聞いていると、確かにベトナムの
すべての要素が揃っていそうだ。今回の訪問で、何よりも私にとって
予想外だったのが、とても美しいビーチを見つけたことである。
空港から車で10分程度のところにとても美しい素朴なシーサイドの
リゾート地があり、ゴルフ場もすぐ近くにある。
観光地としてのポテンシャルの高さを実感する。
ラオスと隣接するゲアン省の西部は山岳地帯となっていて
少数民族も住んでいる。海岸近くのビン市と西部の山岳地帯の間には、
適度な高地もあり、観光地として急ピッチに開発が進んでいる。
海があり、山があり、清流の渓谷あり・・・まさに多様性に富んだ日本でいえば、
兵庫県に近いイメージだろうか。まだまだ、ゲアンを知る日本人は
ほとんどいないが、農業ビジネスのポテンシャルはとても高い。
ゲアン省はハノイ、ラムドン省はホーチミンとそれぞれ近くに
巨大マーケットがある有望な農業地としての共通点がある。
いずれもベトナム農業の未来を担う中心地として期待されている。
このふたつの地域はJICAも支援に力を入れている。
特にまだ日本にはまったく未知であるゲアンは日本人や
日本企業の進出が期待されている。
私もベトナムで活動を始めてそろそろ20年近くになるが、
まだまだ知らない場所だらけである。考えてみれば、
ベトナムは日本と同じように小さい国土とはいえ、
地方を巡り、地方から国全体を見渡すととても広い。
都市部と田舎のギャップ感が余計にそれを感じさせる。
日本で昔、大流行した「いい日旅立ち」ではないが、
ベトナムも日本も同じように、地方は近いようで遠い。
特にベトナムは日本の様に電車などの交通機関が発達していない分、
ホーチミンやハノイの都市部から田舎までの距離はとても遠く感じる。
思わず「いい日旅立ち」を口ずさみながら旅に出たい気分になる。
ベトナムは日本に比べ、都市と田舎のギャップがとても大きい。
そしてそんな田舎の未知の世界は訪れるたびに色々な発見に遭遇する。
日本は四季があり、多様性の国で地方ごとに特色があることは
日本人だけでなく海外の人にも有名だ。それに比べるとベトナムは
ただ暑いだけの国と思われていてる。
ところが、意外に思うかもしれないが、ベトナムにも実は多様性がかなりある。
冒頭で紹介したダラットを初めて訪れた日本人はその街の美しさと
気候の快適さに驚く。私は10年以上前から何回も訪問しているが、
ベトナムで一番快適な高地であろうことは間違いない。
ゲアンでも驚くことが多い。すでに述べたが、一番驚いたのは
シーサイドリゾートビジネスにおける無限の可能性だ。
今や日本人にとって有名な観光地のひとつとして知られるダナンの
10年以上前に似ている。まだ、成長途上だがとても美しい海岸線は
将来の発展を予感させるのに十分すぎる。
ちなみにダナンはリゾート開発が急速に進み発展が著しいが、
10年以上前はとても静かで人もまばらだったことを懐かしく思い出す。
ゲアン省に隣接する省にも美しいリゾート地が開発中で、
この一帯はベトナム北部のリゾート地として劇的に発展すると思われる。
今回のダラットの訪問は仕事の都合で日帰りになったが、
ベトナム人パートナーの実家に招待された。実はその時の出来事が
何よりも感動的であり、驚きの連続であった。
ベトナム人パートナーの実家は大家族だ。
皆と一緒に昼食をごちそうになった。ベトナムの田舎に来ると
私の子供時代である日本の原風景を思い出す。皆親切で温かいし、
贅沢なおもてなしもある。とても食べきれないほどのご馳走に
懐かしさを感じる。好意に応えるべく、できるだけ頑張って食べたが、
さすがにギブアップ。おかわりを次から次へと勧めてくる。
これが田舎の温かさなのだ。
パートナーは9人兄弟の末っ子で32歳。お父さんは72歳。
食事を一緒にした長男は52歳。この年齢差にも驚く。
部屋には大家族の集合写真が飾っている。
お父さんの家族は40人ほどいるとその時聞かされた。
末っ子の彼は早朝に会った時から好青年で気配りは素晴らしい。
彼は大都会のホーチミンに住み、ハノイでビジネスをしている。
ダイニングで食事をしていると天井近くに設置されている
ウェブカメラがふと目に入った。伝統を感じる田舎の家に
ウェブカメラの存在はなんとも違和感があった。
思わず「何のためか?」と問うてみる。彼は笑顔で次のように答えた。
「家族とのコミュニケーションのためです」
聞けば、毎日オンラインで家族と顔をあわせて
一家だんらんを楽しんでいるという。
タブレットに映る部屋の様子を嬉しそうに見せてくれた。
驚いたと同時にわが意を得たりと心が躍り、私まで嬉しくなった。
かねてからこのような使い方こそICTの本当に意味のある使い方だと、
さまざまなシーンで説いてきた。この若者の彼が家族を想い、
最先端のウェブカメラを利用して、コミュニケーションを
大切にしている姿を目の当たりにして、久しぶりによい刺激を受けた。
日本の昔でいえば、東京オリンピックの頃、テレビが登場した時のような
インパクトがこの田舎にもたらされるかもしれない。
近所の人も真似するだろう・・・と期待する。
この村全体がそうなる様子を想像するだけでワクワクしてくる。
帰りには、家族総出で裏山から柿などの果物をお土産に
たくさんいただいた。そんな中でも、親御さんやお姉さんが
都会に戻る息子さんには特別なものをいくつも詰め込んでいた。
息子さんの荷物には名前も書いていた。どこの国でも親が
子供を想う気持ち、子供が親を想う気持ちは同じだ。
これは日本人が失いつつある心情ではないか。
親や家族を想う強い気持ちから、自然とウェブカメラという
アイディアが浮かんのだろう。日本の地方とベトナムの地方が
つながることはお互いの国にとって大きな意味を持つ。
しかし、お互いの国はあまりにも遠い。
ウェブカメラがすでにベトナムの田舎町で家族の
コミュニケーションに利用されている。
今回の発見はとても大きいものがあった。
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(近藤 昇 著 2016年10月15日発刊
『もし、自分の会社の社長がAIだったら?』
PartⅠ 社会への提言-【提言9】ウェブカメラが親子の『想い』をつなぐ より転載)