「選択と集中」という言葉が日本で頻繁に使われだしたのは、
1990年代後半からである。
従来の日本企業の強みは生産から流通までのサプライチェーン全体を
一企業グループで連結させる垂直統合型ビジネスモデルにあった。
多くの大企業が巨大グループを形成し、ワンストップで自社の商品・
サービスを受け渡すことができる。ところが、バブル崩壊と共に
日本に転機が訪れる。この垂直統合型のビジネスモデルが時代の潮流に
ついていけなくなったのである。グローバル化、IT化、終身雇用制の
見直しなど日本企業を取り巻く経営環境が大きく変わろうとしている中で、
すべてが垂直統合型ではスピーディーに舵取りできない。
規模ばかりが大きくなり、一部を変えようと思えば、
すべてを調整しなければならなかった。
例えば、商品開発は自社で行い、生産は他者に委託する、
いわゆるファブレスメーカーは、最適なコストで、最適な生産拠点を選び抜く。
この身軽さに、日本型企業は太刀打ちできなかった。
いつしか時代は「持てる者が強い」時代から「持たざる者が強い」時代へと
シフトしていったのだ。
私たちが中小企業のお客様にITソリューションを提供しはじめたのは、
まさにそんな日本企業がパラダイムシフトに見舞われている時期である。
しかし、とかくICTの世界はまだまだ「自前主義」が泰然と鎮座していた。
自社にサーバーを構築し、自前でシステムを開発する。
もしくは高額なパッケージソフトウェアライセンスを購入し、使用する。
システムを自前で構築すれば、使い勝手が良いのは当たり前だ。
しかし、莫大なイニシャルコストが立ちはだかる。
21世紀を迎えても日本の中小企業でIT化が進まなかったのは、
この自前主義の呪縛にとらわれていたからだ。
結論から言うと、中小企業にとって大切なのは「お試し」という部分である。
星の数ほど登場するICTツールから自社に最適な商品・サービスを
ピンポイントで選び出すことは難しい。ましてや資金力の乏しい中小企業が、
スピード感を損なうことなく、現代経営の荒波を渡るための武器として、
「お試し」を最大限に活用することは至極当然だろう。
中小企業支援を提供し続けてきた私たちにとっても、
「ようやく時代が追いついてきた」という実感が込みあげてくる。
中小企業の強みのひとつは大企業と比べ、スピーディーに
物事を動かすことができる点である。組織が大きくなればなるほど、
意思決定のスピードは落ちる。しかし、中小企業はこの間隙を突く。
まず、使えるものがほしい。ゆっくりと修正などしている時間的な
余裕などない。動きながら修正していくのが中小企業だ。
最近、「リーン・スタートアップ」という言葉が
よく使われるようになった。(※2015年9月30日発刊時点)
製品を開発し、世に提供し、順次改良を進める、いわゆる事業推進の方法論を
指している。「リーン(lean)」とは「脂肪がない、無駄な肉がない」
という意味である。新規事業創造や起業時には立ちあげまでのコストと
時間がかかるものだ。この期間にいち早く動くことが大切だ。
だからこそ、アジア進出の例をひとつとってみても、大企業が1年もの時間を
費やすならば、中小企業は2〜3ヶ月で動いてしまう。
この「リーン・スタートアップ」にクラウドが最適なのだ。
ネット書店で有名なAmazon。実はクラウドサービスを
提供する企業でもあり、アマゾンウェブサービスを2006年から提供している。
かつてはECサイトなどを立ちあげようとすれば、自社でサーバーを用意して……
と手間と時間ばかりがかかった。このサービスを使えば、手軽にECサイトの
立ちあげが可能だ。すでに多くの企業が導入している。
例えば、外国人観光客向けに日本の観光地を紹介するウェブサイトと
土産物販売のECサイトを立ちあげようとする。
以前の自前主義であれば時間と労力はそれなりに覚悟しておかなくてはならないが、
今では簡単に誰でもサービスをスタートできる。小さな企業こそ
「リーン・スタートアップ」でさまざまなチャレンジができる時代なのである。
クラウドを利用して、初期投資を抑えながら、新たな商品開発プロジェクトを
スタートさせたり、世界中のどこでも仕事ができる環境を作っておく。
うまくいかなければ、やめればよい。すべてが揃わないと動かないという
発想ではこれからの時代は太刀打ちできない。
クラウドサービスは中小企業こそ使い倒すべきなのだ。
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(近藤 昇 著 2015年9月30日発刊
『ICTとアナログ力を駆使して中小企業を変革する』
第8章 中小のアナログ力が際立つ時代の到来-ICTはお試し利用が一番大事 より転載)