私はホーチミンのスーパーマーケットでリンゴを購入し、
毎日のように食べていた。
日本の質には劣るものの、小ぶりなリンゴはそれなりに美味しかった。
昔の日本のリンゴもそうであったが、
必要以上な表面の“てかり”は少し気にはなっていたが。
ある日、おやつ代わりにそのリンゴを社内で食べていたら、
その様子を見たベトナム人男性社員が話しかけてきた。
「近藤さん、そのリンゴは危険ですよ。」
「どうして?」と聞き返す。
男性社員はすかさず「それは中国産だから。」と答えた。
ベトナム人の中国嫌いは色々な人から聞いていたから、
そんな風に言われても別に驚きもしなかったが、
具体的に理由を聞いて妙に納得したのを覚えている。
「中国人が作る作物はどんな農薬を使っているかわからない。
だから危険なんです。信用できません。」
私はすかさず聞いてみた。
「ベトナム人が作ったら信用できるの?」
男性社員は次のように答える。
「ベトナム人も信用できません。ベトナムの農家も信用できません。
彼らがすることはよくわかるから。」
「じゃあ、誰が作ったら信用できるの?」
「日本人です。」
この男性社員は研修生として日本に住んだことがある。
だから余計にそう思うようだ。
確かに日本は食品に関しても
安心・安全のレベルがアジア各国とは異なる。
こんな男性社員とのやり取り以降、
日本人の信用について、意識して考えるようになった。
ベトナム人の経営者の方々と話をしていても気づかされる。
日本人の信用はリンゴに限らない。
ベトナム人が日本人に抱くイメージは
ほぼ上記のやり取りに集約されている。
ベトナムは日本との生活レベルのギャップ感とは裏腹に
富裕層中心に健康ブームが到来している。
それだけ、メタボ化が進んでいるわけだ。
そうなると必然的に健康食品に注目が集まる。
この健康食品もリンゴの話と似たようなものである。
私の長年の友人であるフィさんとは、
常々、越日連携ビジネスの可能性の意見交換をしてきた。
健康食品は毎回有力ビジネスとして話題の中心だった。
ベトナムにも健康食品の魅力的な素材がいくつもある。
これを日本のノウハウで製品化すればヒットは間違いないだろう。
しかし、フィさんはこう漏らす。
「日本のノウハウがあってもベトナム人経営者がやっては無駄。
顧客に信用されない。日本人がマネジメントするのが良い。」
東南アジアでは特に、日本人は信用されているし、
尊敬されている部分もある。
国民性である部分もなくはないが、
要因は日本と日本人に対するイメージだ。
韓国や中国、台湾などに比べて群を抜いて日本人に対する信用度が高い。
建設ビジネスで縁が深い友人のミンさんが数年前、
私にこう切り出した。
「日本はベトナムで信用をベースにビジネスをすべきです。」
彼にはセミナーの講師も何度か依頼したことがある。
日本語も堪能で、信用ビジネスをテーマにしたセミナーは
やはり説得力があった。
以来、私は信用ビジネスを担える中小企業を探し続けている。
日本の多くの中小企業は、困難な経営環境にも屈せず、
厳しい大企業の要求にも耐え、真摯に愚直に事業を推進している。
品質や技術だけでなく、こうした企業経営の根底を成す姿勢や取り組みは、
間違いなく信用の源泉であり、
かつ新興国ビジネスの発展に役立つことは間違いない。
特に、人の生活に密着した衣食住関連の産業への参入は
ベトナム人が最も期待するところだ。
食品、ベビー用品、健康産業、農業などなど。
水などの衛生分野も該当する。医療もそうであろう。
そして、これからは健康に良く快適な住まいづくりも注目されている。
考えれば考えるほど、日本の出番はこれからなのだ。
最後にもうひとつ信用ビジネスで大切なことを述べたい。
ベトナム人経営者もベトナム人のマネジメントにはとても苦労している。
まれに先進国のような組織的経営を実現している優れた人物もいるが、
それでも超家族的経営での成功事例だ。
日本のようなビジネス組織としての成功事例には
まだなかなかお目にかかれない。
先進国に精通しているベトナム人経営者の深刻な悩みは
ベトナム人のマネジメントなのだ。
特に、日本をよく知る経営者は日本のチームワークを
学びたいと切望している。
そして、最近はそのチームワークの根底には、
日本の社会全体における“躾”の浸透があることに気づき始めている。
もちろん、昔を知る世代の日本人からすれば、
今の若者の“躾”には首を傾けざるを得ないだろう。
とはいえ、東南アジアから見れば、
日本の組織的活動能力と“躾”は賞賛に値する。
品質や技術だけでなく、このような日本の強みを加味すれば、
中小企業も現地でおおいに活躍できるはずだ。
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