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神戸のポーアイで培ったSOHOスタイルを世界へ展開

早いもので会社を始めてはや22年経った。
たまたま、日本のバブル崩壊直後の創業だったこともあり、

なかなかタフな経営環境だったと実感している。
一方、この約四半世紀はICT革命に象徴されるように、ビジネスモデルの
創造的破壊やビジネス環境の激変、そしてワークスタイルの大きな転換期だった

ともいえる。

実は、私たちは創業時にSOHOというワークスタイルを目指していた。
SOHOとは、SmallOffice・HomeOfficeの略で、今、話題のテレワークの

原型といえる。

 

ちょうど創業の頃は、パソコンが個人ユースとしても利用が始まり、
そろそろそのパソコンを繋いで仕事をする試みが各所で始まった頃だ。
懐かしいパソコン通信が電話回線で始まったのもこの頃だ。

SOHOはもともと広大な米国で生まれた。
日本のような小さい国では、通勤や直接訪問したりすることはそれほど難しくない。
そんな中、農家育ちで現場監督を目指した私は単純にオフィスで働くということに
少し抵抗があるタイプだった。
たまたま、ITの仕事も10年ぐらい経験してきたので、起業にあたって、
何か人と違うことをしようと考えた。
そんな思いから新しいワークスタイルを自らが実践し、世の中に広げようと
本気で思っていたのだ。
実際に会社の活動をスタートさせて、約1年間は完全なSOHOワーカーだった。
創業時のスタッフは5名。
週1回だけ神戸のポートアイランド(通称:ポーアイ)にある私のマンションの一室に
集まって打ち合わせをした。
それ以外はそれぞれの自宅と現場での仕事が中心。
通常の連絡などはパソコン通信を積極的に活用した。
スタートアップだからそうしたのではなく、新しいワークスタイルとして、

新しい企業形態を目指したことが背景にある。
仮に社員数が1000人に増えたとしても、本気でそのワークスタイルを
追い求めようと考えていた。ところがその後、転機が訪れる。
創業してちょうど1年が経過した頃、阪神大震災を経験することになる。
震源地はポーアイから直線で約20キロぐらいのところだ。
数か月単位での企業活動停止は覚悟した。
しかし、もともとSOHOワーカーだったことと、ITの仕事中心だったため、
こちらの仕事は比較的想定よりもスムーズに維持継続できた。
ただ、一方で当時の事業の一番の柱であったベビー用品のリサイクル事業
「おさがりの会」は休止せざるを得なかった。
商品の仕入れ販売は車で行っていた。
震災の影響で交通網が一時期ズタズタに寸断され、事業継続が不可能に

なってしまった。
もっとも、今振り返ってみるとそのまま続けていても成功はしなかったと思う。
それだけ経営者としては未熟であったからだ。
その後、インターネットオークションが登場し、ネットでの中古品売買が
当たり前になった。改めて考えると、ネットがビジネスモデルを変革する力は凄いと思う。
そして、今はECの活況も含めて、物流機能の充実が最大の課題になっている。
ICT革命化のビジネスは特に先の予測が困難である。
しかし、不思議なもので、物流というアナログへの回帰が急速に

進展していく様子は嬉しくもある。

 

話を創業時に戻そう。
震災半年後に会社の再スタートとして、小さなオフィスを初めて賃貸契約することになる。
それ以降、いわゆる世の中の“普通のワークスタイル”の会社として活動してきた。
あれから四半世紀が経った。
私が20年以上前に考えていた以上にICTの技術革新が進んだ。
情報共有の仕組みが当たり前に定着した。
顔を見ながらのオンラインでのコミュニケーションも今や急速に広がりつつある。
そして、何よりも重要なことだが、機密性を保持しながら、お互いが遠隔地にいても
共同作業ができる環境が格段に向上した。

 

ファイルの共有はいうまでもなく、最近はクラウドシステムでも安心安全に海外にいても
自由に仕事ができる。

 

   

今になってふと思うことがある。
もし、弊社の創業時にこの環境が散在していたらまったく違う会社活動が
実現していただろう。
弊社は創業間もない頃から海外でビジネスを展開してきた。
この20年間、一番苦労したことといえば、相手国のビジネス習慣や仕事レベルとの
ギャップである。日本国内で仕事する感覚は通用しない。
アジアはビジネス経験が浅く、ワークスタイルや仕事の進め方のスキルが総じて低かった。
もちろん、逆の立場からいわせれば、日本人は丁寧すぎて面倒くさい存在だ。
納期厳守はアジア各国の人々も理解できるが、現地に適応した融通が利かないと嘆く。
日本とアジアのビジネスは常にお互いのギャップにお互いが苦労し、日本側が根負けすると
そこで付き合いが終わってしまうというケースも後を絶たない。
こんなギャップだらけの国同士、企業同士、人同士が今急速につながろうとしているから

面白い。
今やICTを活用した仕事は、世界中のどこでも共通化、標準化が可能だ。
しばらくの大きな課題は言語の問題である。
しかしこれすら、AIなども含めて自動翻訳、自動通訳などが充実していくだろう。

すでに世界の仕事環境はボーダレスが当たり前である。
とはいえ、日本が再びガラパゴス症候群に陥る気がしてならない。
それは、流行のテレワークに象徴されている。
結局、一時期のブームに過ぎず、働く人々の意識や行動が変わらないままになるのでは

ないだろうか。
日本の保守的で現状維持をベストとする気質を考えると、その可能性は大きくなる。
日本のテクノロジーは世界トップクラスだが、働く人々の意識はどうなのか?
アジアやアフリカでSOHOが当たり前になった時代に、
一番遅れた仕事環境の日本になりはしないかと心配してしまう。
それだけ、今の日本は新しいことを取り入れ、過去を否定して進化することに
疎い状況なのだ。私は次の目標はアフリカからオンラインでビジネスする環境を
世界に広げていこうと考えている。米国よりはるかに広大なエマージンググローバルエリアで
次のチャレンジを展開したいと思う。

 

 

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