2015年夏、知人の招待で和歌山県の高野山に初めて訪れた。
高野山は2015年に、過去最高の年間約200万人の観光客が
押し寄せた日本一の宗教都市であり、空海が開創して1200年の
記念の年でもあった。外国人の観光客も多く、特にフランス人が
たくさん訪れたという。同年の観光客のうち宿泊客は約44万人。
外国人客は約5万6000人にのぼる。
奥の院には空海が眠るといわれ、厳粛な雰囲気を感じつつ、
その日は寺の中にある宿坊に泊まった。
高野山滞在はわずか1泊2日であったが、その緊張感のある
空気を感じながら神妙な気持ちで宿坊の部屋に入った。
寺に泊まるのは子供の頃、合宿で訪れて以来だと記憶している。
日頃の多忙と喧騒から離れ、非日常の空間で少しだけ癒しの時間を
楽しもうと思っていた矢先、『Wifiが使えます』と書かれた壁の
張り紙が目に飛び込んできた。一瞬、頭が混乱し疑問符が浮かぶ。
「ここでWiFi???」
「一体誰が使うのだろうか? 外国人か?」
「それとも、超多忙な経営者か?」
それ以上はさすがに考えを巡らすのはやめた。しかし、率直に驚いた。
少なくともこのような場所でスマホやパソコンは使わないことが
暗黙のルールだと思っていた。そこに『WiFi使えます』という
張り紙を見ると、先ほどの厳粛な空気がスッと引き、
少し興ざめした記憶が今でも残っている。
癒しを求めて、あるいは精神鍛錬のために寺に篭り、座禅を組む。
そんな場所と考えていたので「WiFi」の文字に違和感を
どうしても感じてしまう。
それから3カ月ぐらい経った頃、今度はお坊さんが檀家に
お経をオンラインで提供しているという記事を目にした。
その後、調べていくと仏教界の深刻な課題が見えてきた。
本来、宗教法人は非課税だからビジネスをしているわけではない。
檀家に対して、収入のほとんどは彼岸やお盆の檀家まわりによる
お布施や法事、そして葬儀からが大半を占める。
子供の頃から「坊主丸儲け」の言葉は私の世代の人ならば
1度は聞いたことがあるだろう。
さすがに今は人口が減ってきているので、丸儲けはないだろう
とは思ってはいたが、人口減に加えて、若い層のお寺離れも
深刻なようだ。そのため何か策を講じなければならないと
危機感を強める住職たちもいる。檀家をつなぎとめるための
さまざまな施策を検討し始める。このあたりは一般の企業と
大差はない。しかし、残念ながら住職たちは企業でいう
経営の経験が圧倒的に足りない。何から始めたらよいかわからない。
そもそも、従来は企業経営と寺院経営は別物と扱われてきたという。
最近になりようやくメスが入るようになった病院経営に近いものが
あるかもしれない。
寺院をとりまく環境の変化もやはり急激なスピードで押し寄せている。
例えば、今ではお坊さんを手配して派遣するサービスも増えてきている。
他の寺の檀家であっても受け付けてくれる。有名なところでは、
アマゾンが「お坊さん便」というサービスを始めている。
最近は、人手不足の折、数多くの業界で何でもかんでも
人材派遣の様相があるが、さすがにお坊さんが全員人材派遣で
食べていく時代は来ないとは思うが・・・。
それにしてもなんとも寂しい話である。どんな業界にも
先進的な人はいるようで、お坊さんがオンラインで
檀家のためにお経を読んだり、お坊さんがオンラインで檀家の相談を
受け付けたりする。こんなサービスがすでに広がり始めている。
今にして思えば、世界の高野山に「WiFi」は珍しいことでは
なかったのだろう。最近、私の親しいベトナム人の女性社長が
京都府と兵庫県のお寺巡りをした時の様子を写真を見せながら
話してくれた。金閣寺と比叡山延暦寺(京都府と滋賀県にまたがる)、
そして兵庫県加東市にある念佛宗総本山の無量壽寺である。
私自身が金閣寺しか行ったことがないと伝えると、
「ぜひ、行った方が良い。こんな素晴らしいところは
とても興味があるし、感動的だ」と逆に勧められてしまった。
「紅葉の季節にゴルフもセットでツアーを組んでね」ともお願いされた。
アジアの富裕層は、ある程度達成感ができると心の癒しを求め、
新境地の悟りを求めて仏教への信仰心がさらに強くなると聞く。
一方、今の日本人は仏教離れに歯止めが掛からない。
アジアや世界は、仏教にますます強い関心を持ち、
そして日本のお寺に訪れる。
今や通信により世界はどこでもつながる時代だ。
英語でお経を読む坊さんもいるようだが、オンラインの仕組みを
利用し、通訳も介して、ベトナム人などに日本語でお経を読む
というサービスがすぐにでも生まれそうな予感がする。
それにしても、お坊さんの世界までもが人口減と人々の
生活様式や嗜好の変化で、厳しい経営状態にあるということを
改めて知った。お寺の経営にもICTを駆使した改革が
必要な時期が迫っているのだろう。超アナログ的な世界の代名詞
ともいえる寺院経営も変化が求められている。
私達としてもこの分野においてお手伝いできるところは
数多くあると思っている。
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(近藤 昇 著 2016年10月15日発刊
『もし、自分の会社の社長がAIだったら?』
PartⅠ 社会への提言-【提言5】ICTと外国人で日本の寺院が変わる!? より転載)