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BRAIN NAVI24号 近藤昇コラム「2つの国の『20年』を見つめなおす」

第24回 2つの国の『20年』を見つめなおす

皆さんは『20年』という言葉にどんな印象を受けるでしょうか?
当たり前の話ですが、生まれたばかりの赤ちゃんが成人式を迎える時間が20年です。
私自身は長くも感じるし、短くも感じるという曖昧な表現を使わせていただきます。
その理由は、私にとってこの20年は日本とベトナムという2つの国の時間を共有
できたからです。これは貴重な経験をさせていただいたと今でも実感します。

日本におけるこの20年は「失われた」という形容詞が多用されたことで誰もが
お分かりのように、バブル崩壊のダメージと再生の2つの局面で考えることが
できると思います。戦後の経済成長の最終段階として栄華を極めたバブル経済が
崩壊し、日本企業は青息吐息の状態が長く続きます。その中でもこの20年間で
大きく変化したものは何でしょうか? やはりICTの浸透でしょう。私たちの
職場環境は劇的に変化しただけでなく、生活の隅々にまでデジタル画面が入り
込んできました。テクノロジーの進展は新たな産業の創出と豊かな生活環境を
創造することを明治維新以降、日本の技術者たちはそう信じてやみません。
カラーテレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、自動車・・・戦後を眺めてみただけでも、
日本人の生活は技術進化と共に豊かさも比例すると信じられてきました。
日本という国のこの20年間を俯瞰すると、企業も生活者も常にテクノロジーと
せめぎあってきたと感じています。「より便利に、より豊かに」を合言葉に、
企業は成熟した市場である日本という国の攻め手を常に模索しています。
生活者も企業の合言葉に乗せられるように、「より便利で、より豊かな」環境を
夢想してきました。

一方、私たちが20年前から活動をしてきたベトナムという国を見てみると、
日本とはまったく異なる時間が流れていました。1980年代、ベトナムは
戦争の影響を色濃く引きずった国のひとつでした。ベトナム戦争の終結から
10年以上過ぎていましたが、カンボジアに侵攻したベトナム軍が撤退したのは
1989年です。1990年代後半のベトナムは日本でいえば、戦後間もない
状態と言っても過言ではない状況です。実際、ハノイやホーチミンの大都市は
それなりの繁栄は見せていましたが、他の地方都市は昔ながらの風景が
横たわります。当然、手に入る物資も少なく、まさに国全体が一丸となって
坂の頂点に向かって走り出し始めた頃といえるでしょう。だからこそ、上昇を
目指す人々のパワーには圧倒されます。
そんなベトナムにおいてもこの20年間で大きく変化したものとは何でしょうか?
やはりここでもICTの浸透といえます。もちろん、この20年間でベトナムのGDPは
数十倍に膨れ上がりました。外国企業の投資を受け入れ続け、国全体が豊かに
なっていく様も現地にいればよくわかります。しかし、この国にも数年前から
当たり前のようにICTが普及し人々の生活を変えつつあります。インターネットで
世界中の情報に触れることができるようになり、facebookはベトナムマーケット攻略の
重要なメディアとして認知されています。誰もがネットの恩恵を享受し始めているのです。

日本とベトナムだけでなく、他の国においてもこの20年間を俯瞰してみれば、
ほぼ同じ考察に行き着くのではないでしょうか? ICTが浸透し、仕事や生活の
現場が大きく変化してきました。ただし、日本とベトナムの2つの国を比較すると、
どうしても同じ質の変化とは受け止められないのです。一方は高度社会がある程度
できあがった国であり、一方は近代的な社会制度が未整備な国です。前者である
日本において、これ以上の「便利さと豊かさの追求」はさまざまな局面で弊害を
生み出すことになると感じていました。案の定、便利さの代名詞であるネット通販で
悲鳴があがり始め、昨年から私が指摘していた物流業界の人の問題が顕在化してきたのです。
一方でベトナムのICTの浸透は人間として許容できる便利さと豊かさを目指していると
思えるのです。それは、元々、社会において不便であることが多い国だったからでしょう。
この解決の特効薬としてICTがピッタリはまったのだと思います。現地でいると、
その違いを肌で感じることができるのです。

最近、読了した書籍に「テクノロジーは貧困を救わない」(みすず書房)があります。

テクノロジー信奉者には耳の痛い話が満載です。行き着くところはテクノロジーではなく、
『人間』そのものであるという内容に大変共感を覚えました。日本のICTはどこかで人間を
忘れてしまっているのではないかとふと感じます。一方で、ベトナムという国はまだまだ
人間が主役である分、前述の違いとなって感じられるのかもしれません。
しかし、あと10年先、ベトナムもどこかで人間を忘れてしまう方向に向かいだすかも
しれません。

そう考えると、この20年間、日本とベトナムという2つの国でビジネス活動を展開してきた
貴重な経験は財産のほかなりません。日本でも、ベトナムでも多くの方々にこの貴重な経験を
わかりやすく伝えていければと思います。そして、2つの国の将来の発展に少しでも
貢献していきたい。ベトナムは日本に学び、日本はベトナムに学ぶ。お互いの20年の歩みを
新たな価値に変えられればと思っています。